他ジャンルのお絵かきとか、感想色々とか、バトンとか、日記とかです。
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さて、三日目の旅行記になります。
本日はひたすらに阿呆なかっこで無謀な登山を繰り広げる大馬鹿者の話です。
例によって続きの向こうへ書かせて頂きますので、読んでも良いと思って下さる方は続きをクリックして下さい。
興味ないねって方は、毎度毎度旅行日記ばかりですみませんです…。
本日はひたすらに阿呆なかっこで無謀な登山を繰り広げる大馬鹿者の話です。
例によって続きの向こうへ書かせて頂きますので、読んでも良いと思って下さる方は続きをクリックして下さい。
興味ないねって方は、毎度毎度旅行日記ばかりですみませんです…。
前日の焼酎の魔力か、夢も見ずに爆睡しました。
夢見が悪い人なのですごく嬉しい。何度自分のうなり声で起きた事か…。
しかも目覚まし仕掛けてた7時より1時間近く早く起きれました。
おまけに目覚めすっきり。
朝風呂まで入ってゆっくり荷物を整えて。
朝の神宮へ今日の登山の無事を祈りに行きました。
で、余裕ぶっこいてゆっくりお祈りしてたらバスの時間になってて大慌てでした。(笑
登山口へ向かう朝一番のバス。
大急ぎで乗り込んだところへ運転手さんが一言。
「登山口方面ですけど…大丈夫ですか?」
勿論登山する気満々な私は「はい、勿論」と答えましたが、周りの皆さんは怪訝な表情。
それもその筈。
本日の私の服装は。
上:黒サテンのキャミ+薄手の上着
下:デニムパンツ
足元:ヒールの高いスニーカー
荷物:小さなナップザックひとつ
中身は⇒携帯(登山口ですでに圏外/笑)
飲みかけのスポーツドリンク(300mlくらいしか残ってない)
財布 のみ
どっからどう見たって山登りするとは思えません。
ですが、それは荷物の容量と知識の無さから装備をしなかった自分も重々承知です。
『まぁのこぎり山だって駆け足で登れたし』
今から考えるとタコ殴りにしたくなるような発言ですが、その時の私は本気でそう思っていました。
そして荷物を預けて霧島神宮跡地にも無事をお祈りして、いよいよ登山開始。
最初は普通の石段が続きます。
なんだかんだで健脚&体力馬鹿なのでその辺はほぼ駆け足ペースで苦も無く登れました。
が、その後はさらさらの赤い土と軽い石が転がる斜面。
仕方なく岩につかまってよじ登るしかありません。
勿論杖も手袋もありません。
が、基本的に腕力もそこそこあるので一応登っていけました。
この辺りからすれ違う皆さんに口々に「そんな格好で大丈夫?」とたずねられるようになり、自分の服装の異質さに改めて後悔。
でも先にたたず。仕方ないのでまた登ります。
この頃になるとそろそろ頂上が間近に見えてきます。
なんだ、結構いけるじゃないか。
そう思ったのもつかの間。
やっとの事で頂上まで体を引き上げると、なんとそこは頂上ではなかった!!
後で知ったのですが、登山口から見える山は実は中腹より少し上の火山口のふちの部分で、本当の頂点はその火口をぐるっと回った向こうにある峰の上なのだそうで。
着いた場所はその火口だったわけです。
他の登山者の皆様に聞いたところ、初めての方はそれを知ってがっくり来るらしいのですが、正直こんな近くに逆鉾がおわしてもつまらないと思ったので、そこまでがっかりしはしませんでした。
が。その火口のふちが怖いのなんのって。
細いし。狭いし。片側ははるか下に硫黄の噴き出す火口が見えて、反対側は下も見えない緩やかに長い崖。
そして道の土はやわらかく、滑りやすく、不安定で転がりやすい。
自然と足が震えるってマジであるんだ…とか思いました。怖すぎる…。
その細い道を歩いている途中で何度も登っているというおば様と意気投合。
飲食物を飲みかけのスポーツドリンクしかもって居なかった大馬鹿者な私に、おにぎりとお茶とカロリーメイトを分けて下さいました。
で、そこからが最後の戦いなわけですが。
そこはまさに砂礫の大地。
一つところに留まらないその幾億の砂粒は、私の脆弱な靴を攫い、下界へと押し流していく。
いや、まじで。
なんだこの流動体とか思いましたよ!
しかもここへきてつかまる岩が殆ど無いし。
落ちないようにと地面につめを立てるも、さらさらの砂だけがむなしくつかめる状態。
狭い登山道。もしも道の外へ滑り落ちたら…。
数ヵ月後腐乱した髪の長い女性の死体がどっかで見つかる事になりかねないわけで。
それは困る。多分まだ死にたくない。
主に東京に残してきた大量の同人と原稿の為に!!(処分しないと死ねないですよね…
仕方なく少しでも岩のあるところを選んで這うようにして移動。
ロープの力も有ってなんとか登頂に成功。
記録は公式時間と同じ一時間半。装備などを考えれば結構がんばったと思うんですが。
んで、お目当ての天の逆鉾とご対面です!
…。
……。
………ちっちゃ…。(ボソ
いや、確かに逆さにたった剣であり、神器といわれるに相応しい神々しさが無いとはいいませんが。
さすがに140センチは小さくないか?なぁニニギさんよ。
鹿島の御神体は2M越えだぞ?
さすがに神域なので触ったり近寄ったりは出来ませんでしたが、それでもやっとの対面で感動もひとしお。
…なんですが。
一つ聞きたいどうしても聞きたい。
なんであんなにハエたかってるんですか!?
ぶんぶんうっさいんじゃああああああ!!
頂上部分でも会う人会う人に散々服装について突っ込まれる私。
そこらへん遊びに行くのと同じ格好してる女が、標高1500Mオーバーに居ればそりゃあ怪訝な目で見てもおかしくない。
でもさすがに私もそんな目にも慣れてきて、『初登山で何もわからなくて…』と話してさらにドン引きされたりしてました。
連なる山々の美しさ。見下ろす下界の小ささにすっかり気をよくした私。
だが、そのとき私はまだ気づいていなかった。
登った山は、下りなければならない事に。
登りでもあれほど苦労した砂礫の山。
考えてみれば下りの方がよほど危険なのだ。
だが、完全に岩が無かったのはほんの一部。そこさえなんとかやり過ごせば、後は岩にしがみついてでも降りれば良い。
断崖絶壁にしか見えない程の急勾配でも、つかまるところがあるなら大丈夫。そんな風に思っていた。
そんな私の目に入ったのが、一つの看板。
『下り方面こちら 登山下山の分化にご協力下さい』
デジカメの電池が落ちているので確かめられないが確かそんな内容。
ご丁寧にあちこちに矢印が書かれている。
なるほど、狭い登山道ですれ違うのは至難の技だ。ここは言うとおりにしておこう。
そう思ってその矢印のとおりに横にそれました。
…なんという孔明の罠。
その道からはあっさりとすべての岩という岩が消え去り、完全に大粒の砂が堆積した急斜面に。
しかも横は登山道から外れる警告を示すロープ。
なにこの万事休す。
自分は高いところは怖くないけれど、斜面は怖いらしいという事を最近ようやく知りました。
長野の五輪会場のジャンプ台を上から見たときも死ぬほど怖かったし。
高いところはほんと大好きなんですけどねぇ…。
とにかくもう、降りてるんじゃない!落ちてるんだ!!という状態が続き。
怖くて泣きそうでしたが降りないわけにも行かない。
そんな時登りなれていらっしゃるおじ様おば様チームの方が。
「つかまるか?」と腕を。
なんだこの地獄で仏!!
遠慮していられるほど精神力の残っていなかった私はきっちりひっつかまってその危険地帯を脱出。
それでも滑り降りるみたいな感じでしたが。
それから先は少ないながらも岩のある斜面。途中の御鉢でミヤマキリシマ(ツツジ)を楽しむ余裕も生まれて、みんなで山を降りました。
宮崎から来たという皆様。泊まるところも決めていないと話すと、じゃあうちに泊まれば良いと快く言って下さり…。
んが。
荷物を受け取っている間にはぐれてしまい、結局碌にご挨拶も出来ずじまい…。ああああ。
しかもバスを逃してしまい(正確にははぐれた皆様を探していて乗らなかった)、仕方なく一時間半ぶらぶらとすごす私。
と、そこへ。
「今朝バスに居た人でしょう?」
顔を上げると、いかにも登山帰りな格好をしたおじ様が一人。
「あんな早くから来て何か面白いもの見れた?」と聞かれたので、「逆鉾と御鉢のミヤマキリシマが素敵だった」と答えました。
すると、「はぁ!?あんた登ったの!?」と思い切り驚かれ…。
初登山だったこと、何を用意していいかわからずぶっつけ本番で挑んだこと、行きは良い良い帰りは怖いだったことなどを話しました。
おじ様はひとしきり笑った後、「いやぁ若さか馬鹿さか…。無事で何より。武勇伝だね。」と的確なんだかなんなんだか分からない評価を下さいました。
んで、次の登山の時はちゃんとした服装と靴で来ると約束し、そのまま仲良くなって一緒にバスに乗りました。
同じバスに乗った外人のお兄さん(後にドイツ人と判明)もいつのまにか意気投合し、私の無謀で愚かな武勇伝の話などをして。
あまりの汗泥まみれっぷりにどうしようもなくなり、仕方なく昨晩泊まった宿へ逆戻り。
温泉だけなら300円との事だったのでそれを払って、みんなで温泉満喫しました。
で、写真撮ったりメアド交換したりして、霧島神宮へ行くという二人と別れ、霧島神宮駅へ向けてバスで出発。
にゃんこを触らせてくれた管理人さんの勧めで、なかなか来ない電車を駅前の足湯で待つ事に。
んが。
管理人さんとの話に花が咲く私の目の前で、あっさりとかなたへ消える電車。
ちょ、それのがすと次一時間半後!!
さすがにやばいと思ったので仕方なく特急券を買い、自己嫌悪に浸っていると。
「なんだ、まだいたの?」という声はさっきのおじ様、とドイツ人のお兄さん。
事情を話すと盛大に笑ってくださり、ついでだからとビールを下さいました。
んで、ちょうど同じ時間に逆方向へ行く二人と反対の特急にそれぞれ乗って宮崎へ。
時間が時間なんでご飯も食べられず、おじ様に頂いたオレオで食いつなぎながらネカフェで今後の予定を考え、現在に至ります。
明日は西都原遺跡、明後日は高千穂峡、明々後日は阿蘇、その次は熊本(でゴジラロケ地撮影w)、その次は多分島原方面、その次は長崎、その後友人の待つ福岡へ向かい、二人の友人にそれぞれ会った後4日に羽田へ帰る予定です。
もしも6/4に福岡⇒羽田の飛行機が墜ちたらそれなりの確立で私が死んでると思います。
喜ぶ方は喜び、悲しむ方は悲しんで下さい。
勿論個人的には後者をお願いしたいです。
なんにしても、今日生きて帰ってこれて良かったああああ。
いや、鬼のように日焼けしたけどね。ひりひりだけどね。
真っ赤だけどね。
夢見が悪い人なのですごく嬉しい。何度自分のうなり声で起きた事か…。
しかも目覚まし仕掛けてた7時より1時間近く早く起きれました。
おまけに目覚めすっきり。
朝風呂まで入ってゆっくり荷物を整えて。
朝の神宮へ今日の登山の無事を祈りに行きました。
で、余裕ぶっこいてゆっくりお祈りしてたらバスの時間になってて大慌てでした。(笑
登山口へ向かう朝一番のバス。
大急ぎで乗り込んだところへ運転手さんが一言。
「登山口方面ですけど…大丈夫ですか?」
勿論登山する気満々な私は「はい、勿論」と答えましたが、周りの皆さんは怪訝な表情。
それもその筈。
本日の私の服装は。
上:黒サテンのキャミ+薄手の上着
下:デニムパンツ
足元:ヒールの高いスニーカー
荷物:小さなナップザックひとつ
中身は⇒携帯(登山口ですでに圏外/笑)
飲みかけのスポーツドリンク(300mlくらいしか残ってない)
財布 のみ
どっからどう見たって山登りするとは思えません。
ですが、それは荷物の容量と知識の無さから装備をしなかった自分も重々承知です。
『まぁのこぎり山だって駆け足で登れたし』
今から考えるとタコ殴りにしたくなるような発言ですが、その時の私は本気でそう思っていました。
そして荷物を預けて霧島神宮跡地にも無事をお祈りして、いよいよ登山開始。
最初は普通の石段が続きます。
なんだかんだで健脚&体力馬鹿なのでその辺はほぼ駆け足ペースで苦も無く登れました。
が、その後はさらさらの赤い土と軽い石が転がる斜面。
仕方なく岩につかまってよじ登るしかありません。
勿論杖も手袋もありません。
が、基本的に腕力もそこそこあるので一応登っていけました。
この辺りからすれ違う皆さんに口々に「そんな格好で大丈夫?」とたずねられるようになり、自分の服装の異質さに改めて後悔。
でも先にたたず。仕方ないのでまた登ります。
この頃になるとそろそろ頂上が間近に見えてきます。
なんだ、結構いけるじゃないか。
そう思ったのもつかの間。
やっとの事で頂上まで体を引き上げると、なんとそこは頂上ではなかった!!
後で知ったのですが、登山口から見える山は実は中腹より少し上の火山口のふちの部分で、本当の頂点はその火口をぐるっと回った向こうにある峰の上なのだそうで。
着いた場所はその火口だったわけです。
他の登山者の皆様に聞いたところ、初めての方はそれを知ってがっくり来るらしいのですが、正直こんな近くに逆鉾がおわしてもつまらないと思ったので、そこまでがっかりしはしませんでした。
が。その火口のふちが怖いのなんのって。
細いし。狭いし。片側ははるか下に硫黄の噴き出す火口が見えて、反対側は下も見えない緩やかに長い崖。
そして道の土はやわらかく、滑りやすく、不安定で転がりやすい。
自然と足が震えるってマジであるんだ…とか思いました。怖すぎる…。
その細い道を歩いている途中で何度も登っているというおば様と意気投合。
飲食物を飲みかけのスポーツドリンクしかもって居なかった大馬鹿者な私に、おにぎりとお茶とカロリーメイトを分けて下さいました。
で、そこからが最後の戦いなわけですが。
そこはまさに砂礫の大地。
一つところに留まらないその幾億の砂粒は、私の脆弱な靴を攫い、下界へと押し流していく。
いや、まじで。
なんだこの流動体とか思いましたよ!
しかもここへきてつかまる岩が殆ど無いし。
落ちないようにと地面につめを立てるも、さらさらの砂だけがむなしくつかめる状態。
狭い登山道。もしも道の外へ滑り落ちたら…。
数ヵ月後腐乱した髪の長い女性の死体がどっかで見つかる事になりかねないわけで。
それは困る。多分まだ死にたくない。
主に東京に残してきた大量の同人と原稿の為に!!(処分しないと死ねないですよね…
仕方なく少しでも岩のあるところを選んで這うようにして移動。
ロープの力も有ってなんとか登頂に成功。
記録は公式時間と同じ一時間半。装備などを考えれば結構がんばったと思うんですが。
んで、お目当ての天の逆鉾とご対面です!
…。
……。
………ちっちゃ…。(ボソ
いや、確かに逆さにたった剣であり、神器といわれるに相応しい神々しさが無いとはいいませんが。
さすがに140センチは小さくないか?なぁニニギさんよ。
鹿島の御神体は2M越えだぞ?
さすがに神域なので触ったり近寄ったりは出来ませんでしたが、それでもやっとの対面で感動もひとしお。
…なんですが。
一つ聞きたいどうしても聞きたい。
なんであんなにハエたかってるんですか!?
ぶんぶんうっさいんじゃああああああ!!
頂上部分でも会う人会う人に散々服装について突っ込まれる私。
そこらへん遊びに行くのと同じ格好してる女が、標高1500Mオーバーに居ればそりゃあ怪訝な目で見てもおかしくない。
でもさすがに私もそんな目にも慣れてきて、『初登山で何もわからなくて…』と話してさらにドン引きされたりしてました。
連なる山々の美しさ。見下ろす下界の小ささにすっかり気をよくした私。
だが、そのとき私はまだ気づいていなかった。
登った山は、下りなければならない事に。
登りでもあれほど苦労した砂礫の山。
考えてみれば下りの方がよほど危険なのだ。
だが、完全に岩が無かったのはほんの一部。そこさえなんとかやり過ごせば、後は岩にしがみついてでも降りれば良い。
断崖絶壁にしか見えない程の急勾配でも、つかまるところがあるなら大丈夫。そんな風に思っていた。
そんな私の目に入ったのが、一つの看板。
『下り方面こちら 登山下山の分化にご協力下さい』
デジカメの電池が落ちているので確かめられないが確かそんな内容。
ご丁寧にあちこちに矢印が書かれている。
なるほど、狭い登山道ですれ違うのは至難の技だ。ここは言うとおりにしておこう。
そう思ってその矢印のとおりに横にそれました。
…なんという孔明の罠。
その道からはあっさりとすべての岩という岩が消え去り、完全に大粒の砂が堆積した急斜面に。
しかも横は登山道から外れる警告を示すロープ。
なにこの万事休す。
自分は高いところは怖くないけれど、斜面は怖いらしいという事を最近ようやく知りました。
長野の五輪会場のジャンプ台を上から見たときも死ぬほど怖かったし。
高いところはほんと大好きなんですけどねぇ…。
とにかくもう、降りてるんじゃない!落ちてるんだ!!という状態が続き。
怖くて泣きそうでしたが降りないわけにも行かない。
そんな時登りなれていらっしゃるおじ様おば様チームの方が。
「つかまるか?」と腕を。
なんだこの地獄で仏!!
遠慮していられるほど精神力の残っていなかった私はきっちりひっつかまってその危険地帯を脱出。
それでも滑り降りるみたいな感じでしたが。
それから先は少ないながらも岩のある斜面。途中の御鉢でミヤマキリシマ(ツツジ)を楽しむ余裕も生まれて、みんなで山を降りました。
宮崎から来たという皆様。泊まるところも決めていないと話すと、じゃあうちに泊まれば良いと快く言って下さり…。
んが。
荷物を受け取っている間にはぐれてしまい、結局碌にご挨拶も出来ずじまい…。ああああ。
しかもバスを逃してしまい(正確にははぐれた皆様を探していて乗らなかった)、仕方なく一時間半ぶらぶらとすごす私。
と、そこへ。
「今朝バスに居た人でしょう?」
顔を上げると、いかにも登山帰りな格好をしたおじ様が一人。
「あんな早くから来て何か面白いもの見れた?」と聞かれたので、「逆鉾と御鉢のミヤマキリシマが素敵だった」と答えました。
すると、「はぁ!?あんた登ったの!?」と思い切り驚かれ…。
初登山だったこと、何を用意していいかわからずぶっつけ本番で挑んだこと、行きは良い良い帰りは怖いだったことなどを話しました。
おじ様はひとしきり笑った後、「いやぁ若さか馬鹿さか…。無事で何より。武勇伝だね。」と的確なんだかなんなんだか分からない評価を下さいました。
んで、次の登山の時はちゃんとした服装と靴で来ると約束し、そのまま仲良くなって一緒にバスに乗りました。
同じバスに乗った外人のお兄さん(後にドイツ人と判明)もいつのまにか意気投合し、私の無謀で愚かな武勇伝の話などをして。
あまりの汗泥まみれっぷりにどうしようもなくなり、仕方なく昨晩泊まった宿へ逆戻り。
温泉だけなら300円との事だったのでそれを払って、みんなで温泉満喫しました。
で、写真撮ったりメアド交換したりして、霧島神宮へ行くという二人と別れ、霧島神宮駅へ向けてバスで出発。
にゃんこを触らせてくれた管理人さんの勧めで、なかなか来ない電車を駅前の足湯で待つ事に。
んが。
管理人さんとの話に花が咲く私の目の前で、あっさりとかなたへ消える電車。
ちょ、それのがすと次一時間半後!!
さすがにやばいと思ったので仕方なく特急券を買い、自己嫌悪に浸っていると。
「なんだ、まだいたの?」という声はさっきのおじ様、とドイツ人のお兄さん。
事情を話すと盛大に笑ってくださり、ついでだからとビールを下さいました。
んで、ちょうど同じ時間に逆方向へ行く二人と反対の特急にそれぞれ乗って宮崎へ。
時間が時間なんでご飯も食べられず、おじ様に頂いたオレオで食いつなぎながらネカフェで今後の予定を考え、現在に至ります。
明日は西都原遺跡、明後日は高千穂峡、明々後日は阿蘇、その次は熊本(でゴジラロケ地撮影w)、その次は多分島原方面、その次は長崎、その後友人の待つ福岡へ向かい、二人の友人にそれぞれ会った後4日に羽田へ帰る予定です。
もしも6/4に福岡⇒羽田の飛行機が墜ちたらそれなりの確立で私が死んでると思います。
喜ぶ方は喜び、悲しむ方は悲しんで下さい。
勿論個人的には後者をお願いしたいです。
なんにしても、今日生きて帰ってこれて良かったああああ。
いや、鬼のように日焼けしたけどね。ひりひりだけどね。
真っ赤だけどね。
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